記事タイトル:世相】昭和天皇の妹

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お名前: しばい   
 奈良市、近鉄奈良駅から南6〜7KMの円照寺という
門跡寺院に居られた山本静山という門跡がいましたが、
平成7年4月12日に「神去り」ました。
 昭和59年頃書かれた河原敏明氏の「昭和天皇の妹」
に書かれています。
 晩年は、月に一度東京に来訪し、高松宮、三笠宮家
等でお花を教えていたそうです。昭和58年頃から、
4〜5年、奈良県にいた事がるのですが、京都には、
3千家もあり、教示に東京に行くという方は、何名も
いますので余り気にもしていませんでした。
 この山本さんと言うかたは、風説では、三笠宮の
双子の妹で、宮中では、男女の双子は「畜生腹」と言って
前世の情死に因縁に取り巻かれるのは必定ということで、
女性は山本子爵に養子とし、成年になってから円照寺に
入山し門跡として過ごしたということです。
 現在でも、はっきり宮内省が認めている訳でなく、
高松宮の日記の一部を公開し、内々にそのような女性が
いた事をほのめかしているにすぎません。
 背景としては、大正天皇の貞明皇后が、保守的な方で
当時の宮中の意見には反対しなかったからだそうです。
 現在、門跡寺院は40近くあり過去の問題には、慎重
にならざるを得ないでしょうね。いまでは、出産や葬儀
には、異常なほど細目に至るまで報道しているのは、
今上天皇の意向ということには、なるのでしょうね。
 慣例を改めるというのは、案外難しいですね。宮家の
生活をイギリス王室のように、飛ぶ鳥のようにスキャンダル
もお構えなしというのは、実際、無理ですね。開かれた皇室
のあり方を探るというのは、必要かも。
  しばい

[2002年11月17日 9時39分49秒]

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