記事タイトル:釈迦の教えをどうやって伝えたかについて

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お名前: しばい   
 現在、伝えられられている限りでは、弟子の一人が、釈迦入滅後に
「これでとやかく言われることが無くなった」と発言した事から、
議論が始まり、定めるというサンクスリット語が訳された編纂が
行われ「釈迦は、こう言われた〜〜」という形でまず、仏典が作られ、
当時さかんに行われていたウパニシャパッド哲学の議論を詩歌の形で
取り込んだ賛歌(いまはこういった方がいいかな)の形で弟子により
文章化されました。しかし、ゴウタマ=シタッールダという人が、
喋ったとされる言葉は、今は失われた言語で、当時の雅語とされる
サンクスリットで文章化したと考えられています。
 現在、残されている仏典のほとんどは、玄奘三蔵が、インドに
旅してインド大学で編纂された仏典を中国で漢語に翻訳、音訳された
ものとされています。達磨大師もインドに残された仏典に貢献した
一人として記憶されています。
 漢語訳された、仏典は、内容もさることながら音に於いても、
釈迦の意を汲んだすばらしいものとされています。
  しばい

[2001年3月20日 23時59分47秒]

お名前: Hiro   
釈迦が出現した時代はまだ文字がなかったので、死後、弟子たちは<記憶>で
その教えを後世に伝えようとしたことは知られているようですが、
どうやって記憶したのだと思いますか。

[2001年3月15日 19時34分55秒]

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