記事タイトル:アヘン貿易について

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お名前: ギョピ   
 一九世紀も後半になると、中国アヘンも品質向上と価格の低下で
イギリスがインドのアヘンも持ち込んでも売れなくなったのも大きな原因です。
後はイギリスでは大一次世界大戦で兵士のアヘン服用が問題となりアヘンを
規制するようになったのも大きいと思います。ちなみに、アヘン戦争当時、
イギリス国内ではアヘンは野放しです。薬としてみんな飲んでます。
赤ちゃんにだってのませちゃいます。ですので、中国にアヘンを輸出するのはそんなに反対
する人いなかったんじゃないかな?
『民衆の文化史』って本を読んでみたら参考になると思います。

[2002年12月7日 1時8分55秒]

お名前: ヘイ   
イギリスの対中国アヘン貿易は、国産の綿布をインドに輸出し、インドで造らせたアヘンを中国へ密輸出し、中国からは紅茶と銀を得るという三角貿易だったみたいですね。
この当時の中国は、統制経済といっていいのかどうなのかわからないけど、イギリス製品の輸出ははかばかしくなく、このままでは紅茶の輸入で入超になってしまうという状況が背景にあったようです。

さて、1917年といえば、第一次世界大戦が終わる1年前です。
この年は、第一次世界大戦でターニングポイントとなる大きな年でした。

まず、ロシア革命でロシアが戦線から離脱。
次に、アメリカが参戦。これが一番大きかったかな。

イギリスは、インドに対し第一次大戦中に戦争への協力を要請しました。戦後の自治権を認めるというのが交換条件でした。戦後はローラット法を定め、民族運動を弾圧するという逆の方向に出ました。

この戦争は総力戦・消耗戦であったため、ヨーロッパではほとんどの国が債務国へ転落。戦勝国であるイギリスといえども、資産はガタガタになっていただろうと思われます。
また、アメリカが第一次大戦に参戦したことで、戦後はアメリカの国際的発言力が強まったという状況でもありましたね。この状況の中で、アメリカは中国の民族運動を支援して中国での経済進出をもくろんでいました。

[2002年9月27日 23時46分25秒]

お名前: 広嗣   
 1917年を最後に英国がアヘン貿易から手を引いた理由ですが、インドで独
立を求める運動が高まっていったことと無縁ではないと思います。ただ、詳しい
ことは、もっと調べないといけないので、よく分かりません。(__)


                                  広嗣

[2002年9月26日 23時58分10秒]

お名前: 花梨   
お茶が原因で戦争にまでなってしまうなんて
なんともスケールの大きな話ですね。
そんなにイギリス人は紅茶が飲みたかったのですね。

しばいさん、書き込みありがとうございます♪

[2002年9月25日 22時39分53秒]

お名前: しばい   
 なんと、ウーロン茶を止められないのに、
支払いがカサミ、アヘン貿易に手を出した
のが真相だったらしい。
 悲しい現実です。

[2002年9月21日 19時43分18秒]

お名前: 花梨   
なぜ、イギリスは中国とのアヘン貿易を内外の非難にも関わらず展開し続けたのでしょうか?
どうしてもアヘン貿易をやめられない理由があったのでしょうか・・・。

また、20世紀に入ってイギリスの1917年を最後にアヘン貿易からの撤退を決意した理由が分かりません。

いろいろ自分なりに調べてみたのですが、よく分からないんです。
どなたか分かる方がいましたら、よろしくお願いします。

[2002年9月21日 16時16分8秒]

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