お名前: 広嗣
ヘイさん、レスをありがとうございます。
「和魂洋才」は「心には日本人としての大和魂をもち、西洋の学問を活用すること。日本の精神と西洋の進んだ学問を兼ね備えること」という意味ですので、大分違います。余談ですが、「和魂洋才」は「和魂漢才」をもじって作った言葉です。
西洋というか欧米というか、進んだ文物のある地域と認識していた点は同じですが、欧州でも嘗て当時先進地域であった西アジアのイスラーム圏の科学知識を盛んに導入した時代がありました。「ルネサンス時代」と呼ばれる時代の初期の頃ですね。記憶違いでなければ、「欧魂回才」(「心にはキリスト教徒としての思想をもち、イスラーム教(回教)の学問を活用すること。キリスト教の精神とイスラーム圏の進んだ学問を兼ね備えること」)とでも言える考え方があったそうです。
ルネサンス時代は古代ギリシャ・ローマの文物の見直しの時代ですが、当時の欧州では古代ギリシャ・ローマの文物は殆ど失われていました。古代ギリシャ・ローマの文物を受け入れ保存していたのがイスラーム圏でした。物事の必然とも言えますが、復古と併せて先進地域のイスラーム圏の文物も受け入れることになったということなのでしょう。
[2022年06月09日05時43分]
|
お名前: ヘイ
大攘夷と小攘夷ですか。
初めて聞くなあ。
大攘夷は小攘夷の上位互換?
和魂洋裁とはちょっと違うか。
[2022年06月08日23時59分]
|
お名前: 広嗣
「大攘夷」という言葉があります。乱暴な説明ですが、兎に角外国勢力を夷狄とみなし追い払えという「小攘夷」に対して進んだ欧米の文物を導入して然る後に打ち勝とうというのが「大攘夷」です。大攘夷は小攘夷では欧米列強に勝てないということでその反省から生まれた訳です。
大攘夷は既にあった原始的資本蓄積と相俟って成功したと言えます。帝国主義はレーニンの定義では資本主義の最高段階ですが、日本の場合は資本主義の発展と同時並行で進行しました。
評価はひとまず置くとして、日本は欧米列強に伍する国になりました。しかし第二次世界大戦の敗戦で大攘夷は頓挫しました。では大攘夷の思想はなくなったのでしょうか。敗戦後の経済大国化の中で形を変えて生き残りました。ところが経済大国からの脱落が始まると、昨今の軍拡路線に形を変えます。
軍拡路線にせよ「自画自賛史観」にせよ明治時代以降の他のアジア諸国への敵意を背景にしている点で大攘夷の系譜をひいているのは間違いありません。
[2022年06月04日23時20分]
|