お名前: 奥州産品
童門冬二氏監修の、「源 義家」では、藤原清衡のピンポイントな、賄賂攻勢が、
成功し、陸奥守を解任され源義家は、十年に渡り、「国解(こくげ)」も受け入れ
られず、浪人生活を送ったと。
どんな、賄賂が贈られたか?国司が、国倉に送るよりも多くの毛皮や、日本刀が
関白やその周辺に送られたというのが、NHKの見方でした。少なくとも、アザラシの皮
2枚と鷹の羽は、国司義家よりも、多かったと。出典未詳。
義家の後の公家将軍藤原基家も清衡の謀反を報告したが、取り上げられず、(藤原)清衡家
の鎮守府将軍に繋がっていく。
できれば、続きで、源義家が、香炉館(当て字)を含む家財を売却し、十年に渡る、浪人
生活をナンでたてていたか?をやって欲しいです。
「前九年の役」後、園城寺と延暦寺の紛争の調停、春日大社参詣の警備を白河天皇の命
で出動していますが、教育TVでは、この手の出動が案外よかったのではと、主張していた
ようです。
白河院の下何をしていたのか?定かではありませんが、摂津の本拠を捨て、院の近臣を
勤めていたのは、確かなようです。
結局、「鷹の羽根」と「アザラシの皮」を2枚ずつ、収められたかですよね。(@_@)
江戸通
[2010年06月10日21時03分]
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