お名前: そんし
本日は埼玉県騎西町にある「埼玉県環境科学国際センター」を覗いてきました。歴史関連施設ではありませんが、環境問題をテーマにした研究施設で社会派のテーマになるので、歴史SIGのテーマから大きく外れてはいません。
何かの要塞のような巨大な建築物が田んぼの真ん中突如現れるのは、毎度のパターンですから、少しも驚きません。中は子供向けに環境問題をわかりやすく解説した見学コースになっていて、入場料300円。この手の施設としてはちょっと高い。というか、金取るんだ!
施設の中は、子供にはたいして面白くない、大人には物足りない、という展示物がいくつかあって、無駄に豪華なのはいつもの事なので、もう慣れっこになっていますから特に感想は無し。
施設の外は、裏庭のようなところで、なにやら環境問題を研究しているようなのですが、私には皆目わからないものばかり。自然を再現したっていっても、そりゃあ体の良いいいわけで、ただ手入れを怠った、きったない公園といった風景です。
池がいくつかあって、枯れた葦で覆われて、もうすぐ池の体裁もなくなりそうな、ひどい荒れようでしたが、それが自然の風景だから人間が手入れしちゃいけないんだという事なんでしょうね。
あやしげな壊れかかった箱がいくつも置かれていて、中は手入れもしていないらしく雑草が生えていて、そばの立て札には「光化学スモッグによる植物影響調査中」。
うっそーと、ずっこけてしまいました。あの箱の中の雑草みたいなのが光化学スモッグにやられていく様子を観察しているんだ、といいたいのでしょうね。
まるでお化け屋敷の中庭を探索してきたような感覚でしたが、そのわりには沢山の職員が何か仕事らしきことをやってるという不思議な光景の「埼玉県環境科学国際センター」でした。
国際センターというからには、世界を代表する研究施設なんでしょうけれど、なんで埼玉県が?と、まったく理解できないまま消化不良で帰ってきました。
そんし
[2009年12月06日23時04分]
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お名前: そんし
今年のしめくくりに実にふさわしい歴史散歩として埼玉県寄居町にある鉢形城歴史館に土曜日の冷たい雨の中を行ってきました。
本当言うと近くの牧場で生キャラメルの体験実習があったので、その帰りについでにちょっと立ち寄っただけなのですけれどね。
鉢形城は、北条氏康四男氏邦の城でしたが、ご存じの通り秀吉の小田原攻めの前哨戦で敗れた悲運の城です。
その城跡にドンと建てられた歴史館は、まあこれが、例によって、あきれるほどの無駄施設でして、「歴史館」とあるだけで博物館の銘はどこにもありませんでしたから、たぶん観光地のお土産屋がやっているナントカ館と同類の、博物館の用件さえ満たしていない施設なのでしょうね。
それにしても入場料が200円とは何の料金なのか。入り口が2階で、入場料を払って階下に行くと、城門と思われる木製の再現門があって、そこをくぐると城郭全体を再現したテーブル模型がぽつんとひとつだけ置かれていて、その先は・・・出口。おいおい!
雨さえなければ広大な城址公園を、心ゆくまで散策できたのでしょうが、それもなく、ほんの数分で帰るはめになってしまいました。
まあ今年も、いろいろと幻滅する施設を回ってきましたが、ここはその頂点でしたね。
あきれるほど馬鹿馬鹿しい施設でも、「オオイタチ」と書いてある箱を覗くと、なかに血のついた板が置いてあるくらいの笑える楽しさがありましたが、ここは、お金を払って、いったい中に何があるのだろうとキョロキョロしたら、そこは出口だった、という、笑っている暇もないほどの、強敵施設でした。
施設やパンフレットのあちこちに三つ鱗の紋が氾濫していましたが、ここが北条の城だった期間はほんのわずかでしたから、鉢形城イコール三つ鱗ではありません。歴史解釈に偏りが多く、学習にはふさわしくないただの観光施設ですね。
そんし
[2009年12月06日22時36分]
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お名前: そんし
今日は、高崎市にある「上野国分寺跡」「日本絹の里」「かみつけの里博物館」に行ってきました。住所は高崎市ですけれど、以前の群馬町ですね。例によって、「無駄に豪華な施設」「無駄にたくさんいる職員」にあきれる楽しみを堪能してきました。
「上野国分寺跡」は、わかりにくい場所にあって、しかも取り付け道路の工事中だったので、なおさらわかりにくくなっていました。工事中のビニールシートを敷いた臨時通路をたどると、とてもひろい史跡が現れました。だだっぴろいなかに、金堂跡の礎石と、七重の塔跡の礎石があり、史跡外周の端の方に八角堂を模したような施設がありました。
高齢の男子職員がひとり常駐していて、ビデオを見ますかと、気さくに話しかけてきましたが、記帳を見たら私が本日3人目の見学者のようでした。日曜日でこれですから、平日の見学者なんて、年間数人といった程度でしょうね。
「日本絹の里」は、養蚕の盛んだった頃、稚蚕所があった場所で、いまでも稚蚕所はあるのですが、輸入で壊滅状態の国産絹生産に、こんな豪華な稚蚕所なんて必要あるのだろうかと驚いてしまいました。
そのへんの公民館の隅にでも、ちょんと置いておけば済む程度の、養蚕に関係する簡単な展示物が少しある程度の展示場で、無駄に豪華な施設にみあう内容じゃありませんでした。ちょうど「辻村寿三郎人形展」をやっていて、駐車場整理のガードマンまで立っていましたが、そんな大げさにするほどの人は来ていませんでした。
「かみつけの里博物館」は「上毛野はにわの里公園」という広い公園の中にあって、この公園の中には大きな前方後円墳が三つあり、「土屋文明記念文学館」という建物もあります。枯れた芝生の中をたくさんの人が散歩していました。
「かみつけの里博物館」はとても大きな施設でしたが、若い女性職員二人が、ひろいカウンターの中に座っていて、入場券を売っていました。
展示部屋はひと部屋しかなく、たぶんさらっと見たら5分で見終わる施設でした。さきほどまでカウンターにいた女性の一人が、展示場の入り口に来て、1時間も展示品を眺めている変わり者の私につきあって、ずーっと立っていました。
当然その間、他の見学者はひとりもなく、帰るときには、その女性も、カウンターにいた女性も、ふたりともどこかに行ってしまい完全無人状態になっていました。
日曜日のたぶん一週間で一番入館者が多い日でこれですから、本当に無駄に豪華な博物館に、無駄に多い職員という組み合わせでしたね。
土屋文明って聞いたことがあるような気がするけど、どんなひとだっけ、群馬県がこんな豪華な文学館を造るくらいだから、よほど世界的な文学者なんだろうけど・・・と考えながら、「土屋文明記念文学館」のほうの駐車場に入ろうとしたら、ちょうど群馬県主催の川柳公募の入賞者表彰式があったみたいで、駐車場整理の人に「川柳表彰式の関係者ですか」と聞かれました。違うと言ったら、ここは関係者用の駐車場だと言わんばかりに追い立てようとするので、「土屋文明記念文学館の見学はできないのか」と聞いてみましたら、見学するんですかと驚いた様子でした。それほど普段は利用されない駐車場なんでしょうね。もうそれだけで、見学する気が失せたのでエントランスを眺めるだけで帰りました。
[2009年02月15日20時08分]
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お名前: そんし
きのうの紀元節に、群馬県の歴史散歩と思って出かけたのですが、途中で気が変わって、群馬県立の「近代美術館」「歴史博物館」「自然博物館」の三施設巡りに予定変更しました。
最近は歴史関連施設だけでは飽きるので、「埼玉県立川の博物館」など科学や自然に関係するような施設も巡るようになっています。
共通して感じることは、建物が「無駄に豪華」だということです。これくらいの展示に、こんな豪華な設備はいらないなぁ、と感じることがほとんどですね。
どこでも展示内容に代わり映えが無く、期待はほとんどの場合失望に変わるため、最近では、どれだけひどい失望感を味わえるかを楽しむという、わけのわからない悪趣味に変わってしまいました。
よほど閑だったとみえて、「群馬県立近代美術館」の入場券販売窓口の女性など、ずっと受付でうたた寝していて、大声で呼びかけるまで目が覚めないといった状態。このいきなりのカウンターパンチに、ううむ、これは手強いと笑いながら中に入りました。
「群馬県立歴史博物館」のほうは、過去にも来たことがあるので、一部は内容も覚えていましたが、大半がレプリカ展示ですからね、これくらいの展示物なら、たとえば廃校になった小学校の校舎の再利用程度が似合うなと感じました。実際に郷土資料館程度なら、そういう場所はいくらでもありますね。
もちろん歴博のように一定のポリシィをもってレプリカ展示にこだわるのはとても良いことですので、レプリカが悪いというわけではありませんが、あの「無駄に豪華」な施設にポリシイもなく展示されていると、ハリボテのおもちゃみたいで、失望感が倍加します。
さらに驚いたのは「群馬県立自然博物館」のほうで、展示物の多くに、先日遊びに行った「茨城県自然博物館」とうりふたつのものがありました。
「森の生態」のコーナーなど、展示物だけではなく、展示コーナーの作りまで酷似していて、いくら業者任せとはいえ、あちらでは「茨城県内の代表的な山地林をジオラマで再現」、こちらでは「群馬の自然と環境をジオラマ」では、産地偽装もいいところです。
さらにいえば、「栃木県立博物館」にもあった「ナウマン象」や「オオツノシカ」などの骨格模型や、恐竜たちの復元模型も、ここのと同じ物で、こういうものは、同じ業者が全国の博物館に売って歩いているので、どこにいっても同じ物が置いてあるのは当然なのですが、ウサギの骨格見本だけでも10万円はしますから、あれは高いんだろうなぁと、別の印象で眺めてきました。
まあ、いろいろと県をまたいでわざわざ比較に行くほうが変なのですけどね。
そんし
[2009年02月12日11時15分]
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お名前: そんし
今年は、平将門関係の史跡散歩から歴史趣味をスタートしました。
例によって、ただの河原の堤防の上に立って、ここら辺があの有名ないくさ場かと、歴史に興味のない人には、皆目理解できないような感傷に浸ったりする、あの遊びです。
とある将門に関係する町の史跡説明看板を読んでいたとき、南北朝時代の部分に記述で誤りを発見しました。
明らかに護良親王が殺害された後のお話なのに、「北畠親房、護良親王を小田城、関城に擁して戦い・・」とあったのです。
しかも護良親王の名前に「もりなが」とルビまでふってあるのですが、現在では「もりよし」と読むのが定説になっていますので、こちらも断定的にルビするのは誤りでしょうね。
この看板が立てられてすでに35年も経過しているというのに、訂正されていないのですから、南北朝時代なんて、だあれも興味ないということなのでしょう。
でも南北朝ファンとしては、どうも歯に物がはさまったまま帰ってきたみたいで、気持ちが悪いものですから、あとで指摘のメールを地元の教育委員会に送ろうと思います。
以前もお話ししたと思いますが、まずこういう指摘に返事が来たことは皆無です。でも、後になってもう一度訪れてみると、ちゃんと修正されていたという経験も、何度もあります。
自分達で気づいたことにしてしまうのでしょうね。それでいいと思います。こういうのをプライドと言うのかどうかよくわかりませんが、傷つくことは確かですからね。
密かに訂正されたのを眺めてニヤリとするひとりだけの楽しみというのは、私らしい悪趣味で、格別な味のあるものです。今度はどうかな。
そんし
[2009年01月16日00時45分]
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