テーマ:映画】地球が静止する日

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お名前: そんし
最近のCGを使った映画の場合、そちらに予算の大半を使い切ってしまうのか、肝心のストーリーが陳腐で、予算が足りないため、どこかの三流作家に間に合わせで書かせたのだろうかと想像してしまいます。なにしろ最初の3分でもうエンディングまでわかってしまうのですから。

驚くような意外な展開がひとつも無く、最後は「あれっ終わっちゃった?」と字幕が出て気づくような尻切れトンボにおわることが多く、今回の「地球が静止する日」は、その典型みたいな映画でした。

そうなると力を入れて作ったはずのCGのほうまで、昔のハリボテセットとなんら変わりなく感じてしまう。せっかく良く作られたCGがもったいないですよね。

今回の「地球が静止する日」は、タイトルに惹かれて楽しみにしていたのですが、期待していただけに、がっかり度が強すぎて、私の評価はかなり低くなってしまいました。

でも原作の陳腐さに比べ、個々のパーツは緻密にできているなと感心しました。日本の映画じゃ真似のできないところが多く、それなりにストレス感じないで観ることができました。

評論しようと観に行くわけじゃないので、お馬鹿になって眺められれば満足なのですから、そういう意味では、まあ入場料は高くなかった。

珍しく直訳タイトルでしたが、わけのわからない日本語タイトルをつけられてしまうのからみたら、このほうが断然いいですね。でも「静止」では、地球の自転か公転が止まる映画だと受け取られてしまいます。正しく訳すなら、「地球が静かに活動をやめる日」でしょうね。

ネタバレで一言で映画全体を表現するなら、「神がノアの方舟をやめたという内容を宇宙人で描いた映画」です。ああ、これだけで内容を全部説明し尽くせてしまうなんて、やっぱりストーリーが陳腐ですよね。

ノアの洪水が小型ロボットというのはなかなかおもしろい発想でしたけれど、地球人を、ただの害獣と考えて始末しようとする発想と、感情を持った高等生物と認めて対話する発想では、かなり矛盾があるなと苦笑しました。

子鹿は可愛いから殺せば動物虐待だけど、ニホンカモシカは増えすぎたから駆除すべきだというふたつの主張の同時進行と似ているから、まあそれはいいでしょう。

あと、宇宙人は人間と形が違うはずなのに、ロボットがなんで人間の形をしているんだろう、なんてことも気になってしまいました。

毎回思うのですが、キアヌ・リーブスって、いい男と言うだけで人気のある、どうしようもないほど演技が下手な俳優なのか、わざとそう演じている、いわゆる“個性派俳優”として評価されているのか、よくわからない。日本人で比較するなら渡哲也ってところかなぁ。

「私は貝になりたい」も少し前に観たのですが、あのときの裁判官と、この宇宙人を、パクスアメリカーナを感じながら見比べると実に面白い。アメリカ人がこの手の映画に、どうして共感するのか理解できる気がします。

そんし

[2008年12月29日12時10分]
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