お名前: ルイ17世
映画は見ていないのですが・・
>長期連載している漫画の映画化で、コアなファンがいる事でも有名な
>作品らしいです。
記憶ははっきりしないのですが、平成初期というか昭和60年代頃
から連載があった気がしますです。
なお、私も何回かこのマンガを見たことがあるのですが・・何か
このヒデヨシ君に、違和感があった気がしますです。
>このヒデヨシという猫のキャラクターって以前シチューかなにかの
>CMに出ていたような気がするけれど気のせいか・・・・。
はい!出てました。いつ放映されていたかは忘れましたが、
少なくとも数年前以上だったと思います。
季節的には秋頃からの放送で、ハ○スのシチューのCMで
ヒデヨシ君とタレントか女優さん(名前忘れた(^^;))が、
一緒に(当然、合成で)出ていました。
[2006年11月05日02時28分]
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お名前: 四角五角
邦画のタイムスリップもの「地下鉄に乗って」を観てきました。うい
舞台は現代の東京。主人公は一代で巨大企業を打ち立てたが家族を顧みない実兄を自殺に追いやった、どん欲な父親に反発嫌悪して家を出て小さな衣料品メーカーの営業マンをしていた。そんな父親が入院したと実弟から聞いていたがそれを無視してその日も営業先から地下鉄で帰社しようといつも駅へ行こうと思った。しかし、その日は違った。なぜだか理由は分からないけれど地下鉄の駅を出るとそこは昭和39年の自分がかつて住んでいた家の最寄り駅だったのだ。その日は実兄が父親と進路での事でけんかとなり事故死してしまう日だった。それからも数度主人公は過去に戻ってしまう。2度目は社内不倫している相手と戦後の闇市で顔役となっている父親時代、3度目は米兵と砂糖の裏取引の場に、4度目は地下鉄で父親が出征する時に立ち会い、5度目は満州の地で関東軍に見放された小学校の児童と教師を逃がすために一人奮戦する父。そして、最後の6度目は不倫相手と共に実兄の死の瞬間を見、父親の愛人の店で父親の今まで見た事のない息子の死に乱れる姿を見る。そして、衝撃の事実が明らかになる。
構成として無難に手堅い作品です。まず、主人公の回想シーンから始まります。この回想シーンで主人公の父親は外に愛人を囲い、息子の死を見ても暴言を放つ家族を顧みない傲慢な父親として出てきます。しかし、タイムスリップを重ねる毎に父親の辿ってきた過去を知り、自分が知らなかった父親の心情を知る事で主人公は最後に父親と和解します。
最近、タイムスリップものが多いな〜と思いながらも好きなので見てきました。感想は、序盤で不倫相手と主人公の関係が推理できてしまうのが残念と言えば残念です。良いのだろうかこの裏設定は?しかし、もっと考えてほしかったのは主人公と父親の年齢。時代設定と言っても良いですが、主人公は昭和39年の時点で中学生で推定14歳。平成18年時点では推定56歳の計算になるのだが、どう見ても主人公堤真一は40代前半にしか見えない。「三丁目の夕日」で一段と注目度が上がっての起用かと思えるのですが、ちょっと年齢に無理がありました。時代設定をあきらかに間違えましたね。堤真一を起用したのなら現実の年代設定はそれに相応しい年代にしないと。それに、父親が出征の時に当時としては珍しいスーツ姿の自分の未来を占った占い師や、復員後に闇市で会った同じスーツ姿で現れた同一人物をまるっきり覚えていないというのも不自然。
逆に騙された!と思ったのは父親の妻。当初、主人公の母親は主人公の父親が闇市で顔役をしていた時の相棒常盤貴子だと思っていたのですが、彼女は愛人であって正妻ではなっかた事。父親役の役者が大沢たかおだったこと。「解夏」で優しい繊細な教師役を演じていたので、この「地下鉄に乗って」での彼のタフでしたたかな野心家の姿が信じられなかったです。
総じて良作という印象です。やはり出演している俳優さんがしっかりしていること、物語や展開もある意味王道を踏み外していないので、よほど変にいじらない限り駄作になりようがない作品ですね。少々残念だったのは常盤貴子。幾つか時代を経てもほとんど容姿姿が変わらないのはやはり見ていて違和感がある。
評価
☆×2>余韻に浸れます
[2006年11月05日00時56分]
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お名前: 四角五角
日本アニメ映画として珍しい3DCGアニメ「アタゴオルは猫の森」を観てきました。
物語は年の一度のアタゴオルの森の祭りから始まります。人と人語を話す猫人が楽しく過ごしているところに祭り最大のイベントがが始める。猫人ヒデヨシとその仲間達のライブである。祭りは最高潮に盛り上がり、ヒデヨシは調子の乗って好物を両脇に抱えてはしゃぎ回った挙げ句に湖の中へ落ちてしまう。そして、ヒデヨシは見つける。開けてはならない箱を。後先を考えないマイウェイのヒデヨシは仲間が止めるのも聞かずに開けてしまう。箱には知性のある植物の女王が封印されていた。女王は自らの美声で奏でる歌でアタゴオルにいる全ての人と猫人を魅了する。が、ヒデヨシだけは魅了されずにひたすら封印を解いた礼を要求した。ヒデヨシの態度にいらついた女王はヒデヨシを森の奥へ飛ばしてしまう。飛ばされた森の奥でヒデヨシが出会ったのは女王が復活した時、同時に彼女を封印できる王が「」であった。「」はヒデヨシを父として女王へ至る短い道のりを過ごす。女王は自分を封じる王が現れる前に自分の支配する理想の秩序を構築しようと支配を広める。はたしてヒデヨシと「」は女王を阻止できるのか?
感想。長期連載している漫画の映画化で、コアなファンがいる事でも有名な作品らしいです。原作を知らないので何とも言えませんが。猫人のヒデヨシのマイウェイぶりは少々勘につくが、愛嬌として感じられる事もある。何とも微妙な味わいを持つキャラです。
あと、何人もキャラは出ているのですが、他のキャラは基本的にどうでも良い感じ。ヒデヨシと女王と「」ことヒデコ。この3人?で物語は済んでしまう展開です。が、総じて眠かったです。盛り上がりに欠けるというか、メリハリがないというか。何がつまらなかったのか分からないけれど、退屈でした。ただ、唯一見入ったシーンは最後の女王と対決シーン。ヒデヨシは見苦しく女王に媚びたりもしますが彼の信条を吐露する時、このキャラの自己中心的な生き方が理解できます。「生きている限り生きて生きて生きてやる!」この時はさすがベテラン山寺宏一で迫力ある声と演技力でしたが、7色の声を持つと言われるだけに多彩な声を持っているだけに、この作品中ではどうも声の統一がなされていなかったようで聞き苦しいとまでは言わないが、シーン毎に微妙に声が違っていて聞き苦しかった。
あとになって考えてみると、この映画が今ひとつ気分が乗らなかった理由は、すでにそれなりの秩序が成立して、その秩序が少なくともアタゴオルの森では平和に受け入れられていたのに、その秩序を醜いと否定して現れる女王の登場の仕方が唐突過ぎたのかもしれない。もし、これが多少のいざこざや不満が存在する状態ならば女王の主張もそれなりの共感をもって物語にはいる事が出来たのかもしれない。まあ、これも某大国に対するアンチテーゼでしょうかね。押し売り的な押しつける一方的な価値観しか持たない秩序というのは異なる価値観を持った社会にとって迷惑極まりないですからね。
まったく作品に関係ないけれど、このヒデヨシという猫のキャラクターって以前シチューかなにかのCMに出ていたような気がするけれど気のせいか・・・・。
評価
★×2>睡魔と闘う修行
[2006年11月05日00時53分]
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