お名前: 広嗣
天皇親政という言葉があります。文字通り天皇が自ら政を行うということですが、日本での天皇親政の期間は短いと思います。
古代においては確かに天皇親政であったでしょうが、遅くとも源頼朝が征夷大将軍になった12世紀末には天皇親政ではなくなっていました。12世紀末以降は天皇と征夷大将軍の二重権力構造であったとも言えますが、天皇は征夷大将軍を任命する権限があるだけで、実権は征夷大将軍が握っていました。
17世紀末から18世紀初めに掛けて名前は忘れましたが天皇の下でまとまろうと呼び掛けて、今で言う全国を巡った人物がいました。しかしこの人は狂人扱いされ、最後は腹を切って果てています。この時代は天皇を政治の表舞台に出そうという考えは、非常識であった訳です。余談ですが17世紀末は元禄という年号でも呼ばれています。
明治維新以降は大日本帝国憲法(明治憲法)の規定上は天皇親政でした。しかし実態はどうだったのか疑問があります。天皇は国会であるいは国民に直接演説して訴えることはありませんでした。国民が直に天皇の声を聞いたのは、公式には1945年8月15日が最初でした。いつの話であったかは忘れましたが、ある軍事演習で天皇が話した声が偶然マイクが拾ってしまいラジオを通して流れたことがありました。この件で今のNHKに当たる放送局内部が一時大騒ぎになったそうです。
明治憲法下では天皇への申請(?)や報告が行われていましたので、天皇親政の側面は確かにあります。しかし同時に天皇は祭り上げられる存在でもありました。アジア・太平洋戦争の敗戦で天皇に国民の怒りが向かい、場合によっては天皇が倒されるということがなかった背景の一つにこうしたことがあります。
「君臨すれども統治せず」という言葉があります。18世紀の連合王国(イギリス)で始まったとされていますが、日本の方が「君臨すれども統治せず」の歴史は長いと考えます。上記のように鎌倉時代には天皇は確かに君臨していましたが、統治の実権は征夷大将軍が握っていました。つまり遅くとも12世紀から天皇は「君臨すれども統治せず」だったわけです。
天皇の起源についての議論はさておき日本で天皇が倒される革命が起きなかったのも長い「君臨すれども統治せず」の歴史によるものです。
[2024年10月02日06時05分]
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