お名前: ヘイ
イギリスは、18世紀初頭にイングランドとスコットランドが合同するまでは
別々に考えなくてはいけないですね。その上に、宗教改革がからんでくると
非常にややこしくてわかりにくいです。
16世紀のイギリス
女王名 | 国 | 宗教的バックボーン
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メアリ・スチュアート| スコットランド | カトリック系
エリザベス1世 | イングランド | プロテスタント系
エリザベス1世は、イングランドに逃げ込んできたメアリ・スチュアートを
19年幽閉した後処刑しました。理由は、宗教的なものだとか。
高校の頃、グループサウンズというのがはやってまして、イギリスのグルー
プでハーマンズハーミッツの持ち歌に「ヘンリー8世君」というのがありま
した。
I'm Henery the eighth I am
Henery the eighth I am I am
I got married to the widow next door
She has been married seven times before
And everyone was a Henery
She wouldn't top a Willie or Sam
I'm her eight old man, I'm Henery
I'm Henery the eighth I am
(Second verse same as the first)
要するに、「俺はあいつの8番目の男、そうだよ、だからヘンリー8世と呼ば
れるんだよ。」ということなんでしょうね。
あいつって誰のことなんだかわかりません。自分のこと棚に上げてどうかとい
う気もするけど、ジョークのたぐいなんでしょうね。
どういうわけか、ヘンリーがヘネリーに聞こえます。スペル的にしかたがない
かなとも思うけど、なんででしょうね?
[2003年2月1日 22時30分54秒]
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お名前: ピーター現役宣言
アカデミー賞候補男優、ピーターオトゥルが現役俳優
なので名誉アカデミー賞を受けないという宣言をしたそうですね。
「砂漠のロレンス」でも最有力候補だったのに、おしくも
ネブラスカの男に持っていかれたそうです。タイトルだったか、
俳優の出身地だったか、記憶にないのですが、、、
ところで、ベンジャミンって言う政治家は、イスラエルの首相
にいたきがするのですが、ベンジャミンというと「虚栄の市」でも
「天路へきてい」でもなく、凧のベンジャミン.フランクリンでした
よね。
なんでも、いっそのことイスラエルをハシミテ家のイブン.アリー.
フェセインなんかの王制に任せたらという案が浮上し始めたらしいですよ
マジで、なんでも、クリントン政権のオスロ合意よりましだからという
理由らしい。
ええーと、イラク大統領はサダム=フェセインでいたよね、シリアは、
アサドJRでしたよね。可笑しいかな、まじなんだけど。
但し、ハシム家だったかハシミテ家だったかサウジ家だったか、記憶
にないのでした。
江戸通
厭離江戸 ゴング浄土 見てしまいました。
[2003年1月31日 22時6分0秒]
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お名前: 広嗣
先日ある衛星放送で「アンの1000日」という映画を見ました。1969年
に公開されたユニヴァーサル映画で、ヘンリー=テューダー(ヘンリー8世)と
アン=ブーリンの愛憎の物語です。
ヘンリー8世は16世紀前半のテューダー朝第2代の国王で、キャサリンとの
離婚をきっかけに英国国教会を創設した王として知られています。アンは謂わば
キャサリンとの離婚のきっかけを作ってしまった女性で、エリザベス1世の母親
でもあります。
ヘンリー8世は跡継ぎとして男子が生まれることに異常とも言えるほど執着し、
何故か男子は全て死産だったことを「呪われている」と言い、唯一育った娘のメ
アリーを憎んでいました。これだけだと、アンは男子を産ますだけの道具だった
と思えそうですが、同時にヘンリーは「ぞっこん」と言えるくらいにアンに心を
奪われていました。キャサリンはスペイン王家の出身で、同時代のカルロス5世
のオバに当たります。最初はヘンリー8世の兄に嫁がされたのですが、ヘンリー
の即位と前後してヘンリーと結婚することになりました。明らかに政略結婚でし
た。
と言って、アンも初めからヘンリーの恋を受け入れたわけではありません。既
に許婚がいた上に、キャサリンがいる以上王宮に入っても愛人でしかないことは
目に見えていました。しかも、姉がヘンリーの愛人になりながら妊娠した途端に
追い払われたのを目の当たりにしていては、おいそれとは受け入れられないのも
当然です。結局、許婚が他の女との結婚を押し付けられ、ヘンリーがキャサリン
と離婚しアンを正式の妻とすることを決意することで、アンの気持ちも変わって
ゆきます。
キャサリンとの離婚をローマ法王に申し入れたときのヘンリー8世の理由は、
「キャサリンは処女でなかった」というものでした。何とも滑稽に思える理由で
すが、当時としては「処女」は重要問題だったようで、結婚の際に宣誓まで行わ
れていたようです。しかし、「処女」問題は離婚するために持ち出した「理由」
で、ヘンリーにとって真偽はどうでも良かったようです。
この頃、ローマ法王はカルロス5世に追われてヴァチカンから逃れていたため
に、名代の形で派遣された司教が、離婚問題の審理に当たります。ヘンリーの計
画ではヘンリーの腹心ウォルジーがこの司教に離婚を認めさせるはずだったので
すが、失敗に終わります。ウォルジーはこの失敗の責任を取らされて追放され、
替わって台頭したクロムウェルの入れ知恵で、英国国教会の創設へと進んでゆく
ことになります。因みにこのクロムウェルと清教徒革命後のオリヴァー=クロム
ウェルとの関係は今のところ分かりません。
キャサリンもウォルジーと一緒に王宮を追われ、失意のうちに世を去ります。
自ら指名した主教によりアンとの結婚を正式なものと認めさせたヘンリーでし
たが、やがてアンから心が離れ始め、今度はジェーン=シーモアに惹かれてゆき
ます。理由は簡単です。エリザベスを生んだ後、男子をアンが産むのですが、死
産だったからです。遂にはアンとの離婚を画策し始めます。ここで離婚の口実を
作るのに奔走したのが、先のクロムウェルでした。クロムウェルはアンを冤罪で
死刑に追い込むのですが、そのでっち上げたあげた罪状が、音楽教師らとの「不
貞」と実の兄との「近親相姦」でした。形ばかりの裁判の後、アンは公開処刑で
斬首されました。出会ってから処刑の日まで丁度1000日でした。
ところで、映画を見ながらずっと不思議だったのは、なぜヘンリーは男子の誕
生にこだわったのかということでした。映画では処刑される前のアンの問いに答
える形で、ヘンリーは「前例がない」と言っています。ヘンリーが死ぬと、ジェー
ンとの間に生まれたエドワードが1547年に即位し、1553年にエドワード
が死ぬと、キャサリンとの間に生まれたメアリーが即位します。つまり、このメ
アリーがイングランド史上最初の女王だったことになります。現在のイギリスは、
男女を問わず生まれた順番が自動的に王位継承の順位になっていますが、こうし
た体制が確立されるのは、17世紀以降ということになります。
広嗣
追記1: この映画で出てくる「有名人」にトーマス=モアがいました。モアは
「ユートピア」を著したことで有名ですが、ヘンリー8世の下で法務官
を勤めた政治家でもありました。モアはヘンリーが教会の権力を自分に
集中させようとしたときに、反対して解任され、アンの「希望」もあっ
てその後処刑されてしまいます。
追記2: テューダー朝は、英仏百年戦争に続く、ばら戦争で勝利を収めたヘン
リー=テューダー(ヘンリー7世)に始まります。この王朝はヘンリー
7世、ヘンリー8世、エドワード6世、メアリー、エリザベス1世と続
きます。結婚せず子もいなかったエリザベスが死ぬと、テューダー家は
断絶し、スコットランドからジェームズ=ステュアート(ジェームズ1
世)を招き、周知のようにやがて清教徒革命へと進んでゆきます。
[2003年1月31日 0時5分17秒]
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